認知症の最新の診断と治療
以前は、認知症に対して「症状が進んでから診断し、症状を和らげる」という考え方が中心でした。
しかし現在、認知症、特にアルツハイマー病の診療は大きく変わりつつあります。
MCI(軽度認知障害)の段階から診断し、MRIだけでなくアミロイドPETや髄液バイオマーカーなどを用いて原因を確認し、病気そのものの進行を遅らせる治療を検討する時代になっています。
さらに、将来的には血液検査によってアルツハイマー病の病態を評価する「血液バイオマーカー」の臨床応用も期待されています。(Alzheimer’s Association)
認知症は「症状」ではなく原因を調べることが重要
認知症は一つの病気ではありません。
代表的な原因には、
- アルツハイマー病
- レビー小体型認知症
- 血管性認知症
- 前頭側頭型認知症
などがあります。
さらに、
- 正常圧水頭症
- 慢性硬膜下血腫
- 甲状腺機能異常
- ビタミンB12欠乏
- 薬剤
- うつ病
など、治療によって改善できる病気が認知症のように見えることもあります。
そのため、「物忘れ=アルツハイマー病」と決めつけるのではなく、まず原因を正確に調べることが大切です。
認知症になる前の「MCI」が重要
現在、特に重要になっているのが、MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)です。
MCIとは、認知機能の低下は認めるものの、日常生活の自立はおおむね保たれている状態です。
例えば、
- 最近の出来事を忘れやすい
- 同じ質問を繰り返す
- 約束を忘れることが増えた
- 財布や鍵を探すことが増えた
といった変化がみられます。
現在の抗アミロイドβ抗体薬は、アルツハイマー病によるMCIまたは軽度認知症が主な治療対象です。
つまり、治療選択肢を広げるためにも「早く気づく」ことの重要性が以前より高くなっています。(PMDA)
認知症診断の基本は「問診+認知機能+MRI」
認知症外来では、まず、
- 本人・家族からの問診
- MMSEなどの認知機能検査
- 血液検査
- MRI
などを行います。
特にMRIでは、
- 海馬の萎縮
- 脳血管障害
- 脳腫瘍
- 正常圧水頭症
- 慢性硬膜下血腫
などを確認します。
MRIは「認知症かどうか」だけでなく、認知機能低下の原因を探すための重要な検査です。
診断は「症状」から「病態」へ
これまでアルツハイマー病は、「物忘れの症状」「MRIで海馬が萎縮している」といった情報から臨床的に診断することが中心でした。
しかし現在では、脳内にアミロイドβやタウが蓄積しているかという「病気そのもの」を評価する考え方へ変化しています。
2024年に発表されたAlzheimer’s Associationの改訂診断基準では、アルツハイマー病を症状だけでなく、バイオマーカーによって定義する方向性が明確になりました。(Alzheimer’s Association)
アミロイドPETとは?
アミロイドPETは、脳内に蓄積したアミロイドβを画像化する検査です。
アルツハイマー病では、症状が現れるかなり前から脳内にアミロイドβが蓄積すると考えられています。
抗アミロイドβ抗体薬を使用する場合には、治療対象となるアルツハイマー病の病態を確認することが重要です。
そのため、アミロイドPETや髄液検査の役割が以前より大きくなっています。
血液検査でアルツハイマー病を診断する時代へ?
現在、世界的に注目されているのが血液バイオマーカーです。
特に、p-tau217(リン酸化タウ217)が有望とされています。
2025年のメタ解析では、血漿p-tau217によるアミロイドPET陽性の検出について、
感度 約82%
特異度 約86%
と報告されています。(Alzheimer’s Association)
さらに2025年にはAlzheimer’s Associationから、専門医療機関における血液バイオマーカーの使用に関する臨床ガイドラインも発表されています。(Alzheimer’s Association)
ただし、すべての血液検査が同じ精度ではありません。
日本でも、現時点ですべての患者さんを血液検査だけで確定診断できる段階ではなく、MRI・認知機能検査・PET・髄液検査などと組み合わせて判断することが重要です。
認知症治療も大きく変わった
従来のアルツハイマー病治療では、
- ドネペジル
- ガランタミン
- リバスチグミン
- メマンチン
などが使用されてきました。
これらは認知機能や日常生活機能を維持するための重要な薬ですが、基本的には症状を改善・維持する治療です。
現在はこれに加えて、アルツハイマー病の原因病態そのものを標的にする治療が登場しました。
レカネマブ(レケンビ)
レカネマブは、アミロイドβを標的とする抗体薬です。
日本では、アルツハイマー病によるMCIおよび軽度認知症の進行抑制を目的として使用されています。(PMDA)
Clarity AD試験では、18か月後のCDR-SBの悪化が、
レカネマブ群 1.21点
プラセボ群 1.66点
で、臨床的な悪化を約27%抑制する結果が報告されました。(New England Journal of Medicine)
重要なのは、認知症を元に戻す薬ではなく、進行速度を遅らせる薬という点です。
ドナネマブ(ケサンラ)
もう一つの抗アミロイドβ抗体薬が、ドナネマブ(商品名:ケサンラ)です。
日本でもアルツハイマー病によるMCIおよび軽度認知症の進行抑制を目的として使用されています。(PMDA)
TRAILBLAZER-ALZ 2試験では、早期アルツハイマー病のうち低~中等度タウ群で、76週間の臨床的進行をiADRSで35.1%抑制しました。(JAMA Network)
ドナネマブには、一定のアミロイド除去が確認された場合に治療終了を検討するという特徴もあります。
ただし、誰でも抗アミロイドβ抗体薬を使えるわけではない
レカネマブやドナネマブは、すべての認知症患者さんに使用する薬ではありません。
基本的には、アルツハイマー病によるMCIまたは軽度認知症であることに加えて、アミロイドβ病理が確認されていることなどの条件があります。(PMDA)
中等度~高度まで進行した認知症に同じように使用する治療ではありません。
その意味でも、早期診断が治療につながる時代になったと言えます。
ARIAという副作用に注意
抗アミロイドβ抗体薬では、
ARIA(Amyloid-Related Imaging Abnormalities:アミロイド関連画像異常)に注意が必要です。
代表的には、
- ARIA-E:脳浮腫・滲出液
- ARIA-H:微小出血・脳表ヘモジデリン沈着
があります。
多くは無症候性ですが、
- 頭痛
- めまい
- 吐き気
- 視覚異常
- 意識状態の変化
などを伴う場合があります。
そのため、治療前だけでなく治療中にも定期的なMRIによる安全管理が重要になります。
日本でも2026年にレカネマブとドナネマブについて安全性情報の改訂が行われており、適切なMRI管理が非常に重要です。(PMDA)
生活習慣への介入も重要
新しい薬が登場しても、認知症診療で生活習慣が重要であることは変わりません。
特に、
- 運動
- 高血圧の管理
- 糖尿病の管理
- 脂質異常症の管理
- 禁煙
- 睡眠
- 社会参加
- 難聴への対応
などは重要です。
薬物治療だけでなく、脳の健康を総合的に守ることが認知症診療の基本です。
「年齢のせい」と思わず早めに相談を
次のような変化があれば、一度認知症外来での評価をおすすめします。
- 同じ話を何度もする
- 約束を忘れる
- 料理や仕事の段取りが悪くなった
- 財布や鍵を頻繁に探す
- 薬の管理が難しくなった
- お金の計算を間違えるようになった
- 道に迷うことが増えた
- 家族から物忘れを指摘される
重要なのは、日常生活に大きな支障が出る前に評価することです。
Q&A
Q1. 物忘れがあればすぐ認知症ですか?
いいえ。加齢による物忘れ、MCI、うつ病、睡眠障害などでも認知機能低下は起こります。原因を調べることが重要です。
Q2. MRIだけでアルツハイマー病を確定できますか?
MRIは非常に重要ですが、MRIだけでアルツハイマー病の病理を直接確定するものではありません。必要に応じてアミロイドPETや髄液バイオマーカーなどを組み合わせます。
Q3. 血液検査だけでアルツハイマー病が分かりますか?
p-tau217など非常に有望な検査が登場していますが、検査法によって精度が異なります。現時点では専門医による診察や他の検査と組み合わせて評価することが重要です。
Q4. レカネマブやケサンラで認知症は治りますか?
現在のところ、失われた認知機能を完全に元に戻す治療ではありません。早期アルツハイマー病の進行を遅らせることを目的とした治療です。
Q5. 早く診断する意味はありますか?
以前よりはるかに大きくなっています。MCIや軽度認知症の段階でなければ使用できない治療があるため、早期診断が治療選択肢につながります。
まとめ|認知症は「早く見つけ、原因を調べ、進行を遅らせる」時代へ
認知症診療は大きな転換期を迎えています。
これまでは、
「認知症になってから診断する」
ことが中心でした。
現在は、
MCIで早期発見する
↓
MRIなどで原因を調べる
↓
アミロイドPET・髄液・バイオマーカーで病態を確認する
↓
適切な患者さんでは抗アミロイドβ抗体薬を検討する
という診療が可能になってきました。
そして今後、p-tau217などの血液バイオマーカーが普及すれば、アルツハイマー病の診断はさらに変化していく可能性があります。(Alzheimer’s Association)
「年齢だから仕方がない」と考えるのではなく、少しでも気になる変化がある段階で相談することが、これまで以上に重要な時代になっています。
参考文献
- Jack CR Jr, et al. Revised criteria for diagnosis and staging of Alzheimer’s disease: Alzheimer’s Association Workgroup. Alzheimer’s & Dementia. 2024. (Alzheimer’s Association)
- Palmqvist S, et al. Alzheimer’s Association Clinical Practice Guideline on blood-based biomarkers in the diagnostic workup of suspected Alzheimer’s disease. Alzheimer’s & Dementia. 2025. (Alzheimer’s Association)
- Khalafi S, et al. Diagnostic accuracy of phosphorylated tau217 in detecting Alzheimer’s disease pathology: systematic review and meta-analysis. Alzheimer’s & Dementia. 2025. (Alzheimer’s Association)
- van Dyck CH, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med. 2023.
- Sims JR, et al. Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: TRAILBLAZER-ALZ 2. JAMA. 2023. (JAMA Network)
- PMDA.レカネマブ・ドナネマブ 最適使用推進ガイドライン. (PMDA)
執筆 三木 貴徳(みき たかのり)
東大阪みき脳神経外科クリニック 院長
資格
- 日本脳神経外科学会 脳神経外科専門医
- 日本脳卒中学会 脳卒中専門医
- 日本脳神経血管内治療学会 脳血管内治療専門医
所属学会
- 日本頭痛学会
- 日本認知症学会
脳卒中・頭痛・認知症などの脳神経疾患を中心に診療しています。
当院では、認知機能検査やMRIを用いて認知症・MCIの早期診断を行い、必要に応じて専門医療機関と連携しながら適切な治療につなげています。

