はじめに
アルツハイマー型認知症は認知症の中で最も頻度が高く、高齢化が進む日本において重要な健康課題となっています。近年、病態解明や診断技術の進歩に加え、疾患修飾薬(Disease Modifying Therapy:DMT)の登場により、アルツハイマー病診療は大きな転換期を迎えています。本稿では、アルツハイマー病の病理、診断、治療に関する最新の動向について解説します。
アルツハイマー病の病理
アルツハイマー病の脳内では主に2つの異常タンパク質が蓄積します。
アミロイドβ(Aβ)
アミロイドβは神経細胞膜のタンパク質から産生されるペプチドで、脳内に蓄積して「老人斑(アミロイドプラーク)」を形成します。アミロイドβの蓄積は発症の15~20年前から始まると考えられています。
タウタンパク質
タウタンパク質は神経細胞内で異常リン酸化を受け、「神経原線維変化(NFT)」を形成します。近年の研究では、認知機能低下とより強く関連するのはアミロイドβよりもタウ病理であることが示されています。
病態理解の変化
従来は「アミロイドカスケード仮説」が中心でしたが、現在では神経炎症、ミクログリア活性化、血液脳関門障害、血管障害なども病態形成に重要な役割を果たすことが明らかになっています。アルツハイマー病は単一の病気ではなく、多因子が関与する複雑な疾患として理解されるようになっています。
診断の進歩
ATN分類の導入
近年のアルツハイマー病診断では、ATN分類という生物学的診断概念が注目されています。
- A(Amyloid):アミロイド病理
- T(Tau):タウ病理
- N(Neurodegeneration):神経変性
これらをバイオマーカーによって評価し、病態をより正確に把握します。
PET検査
アミロイドPETやタウPETにより、生体内で異常タンパク質の蓄積を可視化できるようになりました。
特にアミロイドPETは抗アミロイド抗体治療の適応判断において重要な役割を果たしています。
髄液バイオマーカー
脳脊髄液中の
- Aβ42低下
- リン酸化タウ上昇
- 総タウ上昇
を測定することで高い精度で病理診断が可能となります。
血液バイオマーカーの実用化
最近最も注目されている分野です。
血液中の
- p-tau181
- p-tau217
- p-tau231
- Aβ42/40比
などがアルツハイマー病診断に有用であることが示されています。
採血のみでスクリーニングが可能となるため、今後はより早期診断が期待されています。
治療の進歩
従来の対症療法
これまでの治療は認知機能低下を緩和する対症療法が中心でした。
主な薬剤には
- ドネペジル
- ガランタミン
- リバスチグミン
- メマンチン
があります。
これらは症状進行を一定程度抑制しますが、病気そのものの進行を止めることはできません。
抗アミロイド抗体治療の登場
2023年以降、アルツハイマー病診療は大きく変化しました。
レカネマブはアミロイドβを除去する抗体医薬であり、早期アルツハイマー病患者において認知機能低下速度を抑制することが示されました。
さらにドナネマブも海外で有効性が報告されており、疾患修飾薬として期待されています。
これらの薬剤は病気の原因そのものに介入する初めての治療薬として位置付けられています。
注意すべき副作用
抗アミロイド抗体治療ではARIA(Amyloid Related Imaging Abnormalities)と呼ばれる副作用が問題となります。
- 脳浮腫(ARIA-E)
- 微小出血(ARIA-H)
などが発生する可能性があり、定期的なMRI検査が必要です。
今後の展望
現在はさらに次世代治療の開発が進んでいます。
- 抗タウ抗体
- 神経炎症を標的とした治療
- ワクチン療法
- 遺伝子治療
- 多剤併用療法
などが研究されています。
また、血液バイオマーカーによる早期診断と疾患修飾薬を組み合わせることで、「発症後の治療」から「発症前介入」へと診療の考え方が変わりつつあります。
まとめ
アルツハイマー病は、病理学的理解の深化、バイオマーカーによる早期診断、そして疾患修飾薬の登場によって大きな変革期を迎えています。特に血液バイオマーカーと抗アミロイド抗体治療は今後の診療を大きく変える可能性があります。
一方で、すべての患者さんが治療対象となるわけではなく、適切な診断と治療選択がこれまで以上に重要となっています。認知症は「治らない病気」から「早期発見・早期介入が重要な病気」へと変わりつつあり、今後もさらなる研究の進展が期待されます。
アルツハイマー病治療の転換点 ― レカネマブとケサンラ(ドナネマブ)
近年のアルツハイマー病診療における最大の変化は、「疾患修飾薬(Disease Modifying Therapy:DMT)」の登場です。
従来の治療薬であるドネペジルやメマンチンは症状を緩和することが目的でしたが、レカネマブやケサンラ(一般名:ドナネマブ)は、アルツハイマー病の原因と考えられるアミロイドβそのものを標的とし、病気の進行速度を遅らせることを目的としています。
レカネマブとは
レカネマブはアミロイドβの可溶性凝集体(プロトフィブリル)に結合するモノクローナル抗体です。
国際共同第Ⅲ相試験(Clarity AD試験)では、早期アルツハイマー病患者において18か月後の認知機能低下を約27%抑制することが示されました。これにより、世界で初めて十分なエビデンスをもって有効性が確認された抗アミロイド抗体として注目されました。
投与は2週間ごとの点滴で行われます。
ケサンラ(ドナネマブ)とは
ケサンラ(ドナネマブ)はアミロイドプラークに存在する修飾型アミロイドβを標的とする抗体です。
TRAILBLAZER-ALZ 2試験では、早期アルツハイマー病患者において認知機能および日常生活機能の低下を有意に抑制することが示されました。76週間の追跡では、プラセボ群と比較して疾患進行速度が抑制されました。
さらに長期追跡データでは、早期から治療を開始した患者ほど利益が大きく、その効果は治療終了後も一定期間持続する可能性が示されています。
レカネマブとケサンラの違い
両薬剤はともにアミロイドβを除去する治療ですが、いくつかの違いがあります。
① 標的とするアミロイドβ
レカネマブは比較的早期の可溶性アミロイド凝集体を主な標的とします。
一方、ケサンラは既に形成されたアミロイドプラークへの結合力が高いことが特徴です。
② 投与方法
レカネマブは2週間ごとの点滴投与です。
ケサンラは4週間ごとの投与であり、アミロイドが十分除去された場合には治療終了を検討できる「期間限定治療」という特徴があります。
③ タウ病理評価
ケサンラの臨床試験ではタウPETによる病期評価が組み込まれていました。
そのため将来的にはアミロイドだけでなくタウ病理も考慮した個別化治療へ発展する可能性があります。
治療対象となる患者さん
これらの薬剤はすべての認知症患者さんに使用できるわけではありません。
対象となるのは主に
- 軽度認知障害(MCI)
- 軽度アルツハイマー型認知症
の患者さんです。
さらに、
- アミロイドPET
- 脳脊髄液検査
- 血液バイオマーカー
などによってアミロイド病理の存在を確認する必要があります。
注意すべき副作用 ― ARIA
抗アミロイド抗体治療で最も重要な副作用はARIA(Amyloid Related Imaging Abnormalities)です。
ARIAには
- 脳浮腫(ARIA-E)
- 微小出血(ARIA-H)
が含まれます。
多くは無症状ですが、頭痛や意識障害、けいれんなどを認める場合もあります。そのため治療開始後は定期的なMRI検査が必須となります。特にAPOE ε4遺伝子保有者ではリスクが高いことが知られています。
今後の課題
レカネマブとケサンラはアルツハイマー病の進行を完全に止める薬ではありません。しかし、これまで存在しなかった「病気の進行を遅らせる治療」として歴史的な意義を持っています。
今後は血液バイオマーカーによる早期診断と組み合わせることで、認知症発症前あるいは超早期段階での介入が現実になる可能性があります。
アルツハイマー病治療は現在、「症状を和らげる時代」から「病気の進行を変える時代」へと移行しつつあります。
よくあるご質問(FAQ)
Q1. もの忘れがあれば認知症なのでしょうか?
必ずしも認知症とは限りません。
加齢に伴う生理的なもの忘れ、睡眠不足、ストレス、うつ病、甲状腺疾患、ビタミン不足などでも記憶力は低下します。
また、慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症など治療可能な病気が隠れている場合もあります。
気になる症状がある場合は早めの受診をおすすめします。
Q2. 認知症検査ではどのようなことを行いますか?
問診、認知機能検査(MMSEやMoCAなど)、MRI検査を組み合わせて評価します。
認知機能低下の程度だけでなく、脳梗塞や脳萎縮などの原因疾患も確認します。
必要に応じて血液検査や専門医療機関への紹介を行います。
Q3. レカネマブやケサンラは誰でも受けられますか?
いいえ。
主に
- 軽度認知障害(MCI)
- 軽度アルツハイマー型認知症
の患者さんが対象です。
さらにアミロイド病理の存在を確認する必要があります。
認知症が進行した段階では適応とならない場合があります。
Q4. レカネマブやケサンラで認知症は治りますか?
現在のところ、アルツハイマー病を完全に治す治療ではありません。
しかし病気の進行速度を遅らせる効果が期待されています。
これまでの治療薬とは異なり、病気の原因に働きかける画期的な治療として注目されています。
Q5. 家族が受診を嫌がる場合はどうしたらよいですか?
認知症初期では本人に自覚がないことも少なくありません。
無理に受診を勧めるのではなく、
「健康診断の一環として」
「脳の検査を受けてみよう」
といった形で受診につなげることが有効です。
まずはご家族のみでご相談いただくことも可能です。
参考文献(国内)
- 日本神経学会監修. 認知症疾患診療ガイドライン2023. 医学書院.
- 日本認知症学会. 認知症テキストブック(改訂版). 中外医学社.
- 厚生労働省. 認知症施策推進大綱.
- 日本老年医学会. 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2025.
- 日本認知症学会・日本老年精神医学会・日本神経学会合同.
抗アミロイドβ抗体薬適正使用指針(レカネマブ・ドナネマブ関連)。
References(International)
- van Dyck CH, Swanson CJ, Aisen P, et al.
Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease.
New England Journal of Medicine. 2023;388:9-21. - Sims JR, Zimmer JA, Evans CD, et al.
Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer’s Disease.
JAMA. 2023;330(6):512-527. - Jack CR Jr, Bennett DA, Blennow K, et al.
NIA-AA Research Framework: Toward a biological definition of Alzheimer’s disease.
Alzheimer’s & Dementia. 2018;14(4):535-562. - Alzheimer’s Association.
2025 Alzheimer’s Disease Facts and Figures.
Alzheimer’s & Dementia. 2025. - Cummings J, Aisen P, Apostolova LG, et al.
Aducanumab: Appropriate Use Recommendations.
Journal of Prevention of Alzheimer’s Disease. 2021;8(4):398-410.
執筆 三木 貴徳(みき たかのり)
東大阪みき脳神経外科クリニック 院長
脳神経外科専門医として、頭痛外来・MRI検査・脳卒中・認知症診療に力を入れています。
大阪市・東大阪市・八尾市を中心に、「相談しやすい頭痛外来」を目指して診療を行っています。
資格
- 日本脳神経外科学会 脳神経外科専門医
- 日本脳卒中学会 脳卒中専門医
- 日本脳神経血管内治療学会 神経血管内治療専門医
所属学会
- 日本頭痛学会
- 日本認知症学会
東大阪みき脳神経外科クリニック

