『血圧』について
血圧とは、心臓が収縮して血液を全身に送り出すときに、血液が動脈の壁を押す力のことを指します。この圧力は全身の血管に存在しますが、通常『血圧』というときは、主に上腕(腕の部分)の動脈で測定される動脈の血圧を意味します。
血圧の値は、心臓がどれくらい強く血液を送り出しているか(心拍出量)と、血管の広がりやすさ(血管の抵抗)によって決まります。さらに、血管の弾力性も大きく関係しています。血圧をコントロールしているのは心臓や血管だけではありません。腎臓や自律神経系、内分泌(ホルモン)系、血管の内皮細胞が分泌するさまざまな物質など、多くの要因が関わっています。特に食塩(ナトリウム)の摂取量は血圧に大きく影響します。
血圧は1日の中でも常に変動しており、朝の目覚めとともに上昇し、日中は比較的高い状態が続き、夜間から睡眠中にかけては低下します。また、気温の影響も受けやすく、冬の寒い季節には夏よりも血圧が高くなる傾向があります。
『高血圧症』について
高血圧症とは、血圧が基準よりも高い状態が続いていることを指します。ただし、1回だけ血圧を測って高かったからといって、すぐに『高血圧症』と診断されるわけではありません。緊張やストレス、運動直後などの一時的な要因で血圧が上がることもよくあります。
『高血圧症』とは、診察室や家庭でくり返し測定しても、血圧が持続的に高い場合に診断される慢性的な状態です。具体的には、診察室での測定で収縮期血圧(いわゆる『上の血圧』)が140mmHg以上、または拡張期血圧(『下の血圧』)が90mmHg以上の場合、高血圧と判断されます。
また、ご自宅で測る家庭血圧では、基準が少し厳しくなり、135/85mmHg以上であれば注意が必要です。この場合、できるだけ早めの受診と評価をおすすめします。特に若い方で高血圧が見られる場合や、糖尿病など他の疾患をお持ちの方は、脳や心臓、腎臓などの臓器に与える影響が大きくなるため、積極的な対応が求められます。
高血圧症の原因
原因の判らないものを『本態性高血圧症』といい、高血圧症の約90%がこれに入ります。
本態性高血圧症は遺伝的な因子や生活習慣などの環境因子が関与しており、生活習慣病といわれています。
原因としては以下のことが考えられます。
遺伝的体質(家族歴)
両親や兄弟姉妹に高血圧の方がいる場合、遺伝的に高血圧になりやすい傾向があります。
塩分の過剰摂取
食塩を多く摂ると体内の水分量が増え、血管内の圧力が上昇します。日本人の高血圧の大きな要因の一つです。
肥満(特に内臓脂肪型肥満)
体重が増えると血液量が増え、心臓や血管に負担がかかることで血圧が上昇します。
運動不足
運動が不足すると血管の柔軟性が失われ、自律神経のバランスも乱れやすくなり、血圧が上がりやすくなります。
ストレスや精神的な緊張
ストレスが続くと交感神経が活発になり、血管が収縮して血圧が上昇します。
過度の飲酒
アルコールを多く摂ると血圧が上がりやすくなり、長期的には高血圧のリスクを高めます。
喫煙
たばこに含まれるニコチンが血管を収縮させ、血圧を一時的に急上昇させることがあります。
加齢
年齢とともに血管の弾力性が低下し、血圧が上がりやすくなります。
腎臓の機能低下
腎臓が正常に働かなくなると、体内の水分・塩分の調整がうまくできず、血圧が上昇します。
ホルモン異常(内分泌性高血圧)
副腎などからのホルモンが過剰に分泌されることで血圧が上昇することがあります(原発性アルドステロン症、褐色細胞腫など)。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)
夜間の無呼吸により血中の酸素が不足し、血圧を上昇させる原因となることがあります。
高血圧が原因で起こりえる主な病気
高血圧は『サイレントキラー(静かな殺し屋)』とも呼ばれ、自覚症状がないまま進行し、さまざまな重大な病気を引き起こす原因になります。
以下のような疾患に注意が必要です。
脳出血(脳内出血)
高い血圧によって脳の細い血管が破れ、脳内に出血を起こす病気です。命にかかわる重篤な状態になることがあります。
脳梗塞
血圧の影響で動脈硬化が進行し、脳の血管が詰まって発症します。言語障害や麻痺などの後遺症が残ることがあります。
一過性脳虚血発作
一時的に脳の血流が悪くなり、手足のしびれや言葉が出にくくなる発作です。将来の脳梗塞の前兆となることがあります。
認知症(特に血管性認知症)
高血圧によって脳血管に障害が起こり、記憶力や判断力の低下などが進む『血管性認知症』のリスクが高まります。
くも膜下出血
高血圧が動脈瘤の破裂を引き起こし、脳を包むくも膜の下に出血が起こる非常に危険な病気です。
心不全
高血圧で心臓に負担がかかり続けると、ポンプ機能が低下し、息切れやむくみなどの症状が現れます。
狭心症・心筋梗塞
高血圧により冠動脈が狭くなったり詰まったりすることで、心臓への血流が不足し、胸の痛みや重篤な発作が起こります。
腎不全(慢性腎臓病)
高血圧が腎臓の細い血管を傷つけ、老廃物の排出ができなくなることで腎機能が低下します。
大動脈解離・大動脈瘤破裂
高血圧が続くことで、大動脈の壁に裂け目ができたり、動脈瘤が破裂したりする危険性があります。
高血圧の治療
高血圧の治療は、薬による『薬物療法』と、生活習慣の見直しを中心とした『非薬物療法』の二本柱で進められます。
患者様一人ひとりの体質や合併症の有無、生活環境を考慮しながら、最も適切な治療方法を選択していくことが大切です。
生活習慣の見直し(非薬物療法)
薬に頼る前に、あるいは薬と併せて行うのが『生活習慣の修正』です。日本高血圧学会の『高血圧治療ガイドライン(2014年版)』では、以下の6つの生活改善項目が推奨されています。
詳しくは下記からご覧いただけます。
薬による治療(薬物療法)
生活習慣の見直しだけでは血圧のコントロールが難しい場合、あるいは既に合併症のリスクが高い場合には、降圧薬(血圧を下げる薬)による治療を行います。
降圧薬には主に以下のような種類があります。
これらの薬剤は、患者様の年齢、性別、腎機能、糖尿病の有無、心臓疾患の有無などを考慮して選択されます。
治療は一般的に、単剤を少量から開始し、血圧が目標値に達しない場合は薬の増量や他の薬剤との併用が検討されます。
- Ca拮抗薬
- ACE阻害薬
- ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)
- 利尿薬
- β遮断薬
腎血管性高血圧に対するカテーテル治療
腎動脈(腎臓に血液を送る動脈)の狭窄や閉塞が原因で起こる『腎血管性高血圧』というタイプの高血圧もあります。
この場合、生活習慣や薬物による治療だけでは改善が難しいことがあります。
カテーテルを用いて狭くなった血管を拡げることで、血流を改善し、血圧を正常化させることを目指します。
高血圧症の方の日常生活での留意点
高血圧は日々の生活習慣と密接に関わっています。
お薬だけでなく、生活の中で少しずつ意識を変えることが、血圧の安定につながります。
ここでは、日常生活の中で気をつけたい点をまとめました。
減塩を意識しましょう
塩分をとり過ぎると、体内に水分が溜まりやすくなり、血液量が増えて血圧が上昇します。高血圧の方にとって、塩分のコントロールはとても大切です。
目標は1日6g未満。調味料の使い方や外食・加工食品の選び方にも気をつけましょう。
急激な寒暖差に注意
冬場など、暖かい室内から寒い屋外へ出ると、血管が急に収縮し血圧が上がりやすくなります。特に朝の外出や入浴前後は注意が必要です。
マフラー・手袋・マスクなどで露出を減らし、脱衣所やトイレ、浴室などの温度差をできるだけ小さく保つ工夫が有効です。
夏も冷房の効いた室内から外に出るときには、外気との差が5度以上にならないように調整を心がけましょう。
入浴時の工夫
入浴はリラックス効果もあり有効ですが、血圧の変動が大きくなる場面でもあります。
冬の寒い脱衣所で服を脱ぐと血圧は急上昇し、熱いお湯に入ることでさらに上がります。その後、湯船で体が温まると徐々に血圧は下がりますが、風呂上がりには再び大きく低下します。
この変化を穏やかにするため、40度前後のぬるめのお湯に5~10分程度つかるのが理想的です。浴室の寒さ対策(暖房・湯気)も忘れずに行いましょう。
排泄はスムーズに
排便時の強いいきみは血圧を急上昇させる原因になります。便秘にならないよう食物繊維の多い食事、水分補給、適度な運動を心がけましょう。
また、寒いトイレは血圧を上げやすいため、暖房器具を使うか、暖かい服装で入るようにしましょう。トイレの便座は洋式を使い、無理のない姿勢で排便するのが望ましいです。
睡眠と休養をしっかりと
日常生活には仕事や家事、育児など多くの負担がかかりますが、心身の疲れやストレスは高血圧の大敵です。規則正しい生活を心がけ、十分な睡眠と休養をとることが大切です。
過労、夜ふかし、慢性的な睡眠不足は血圧を不安定にします。自分の体と相談しながら、無理のない生活リズムを整えていきましょう。
禁煙を目指しましょう
喫煙は血管を収縮させ、血圧を一時的に急上昇させるだけでなく、血管を傷つけて動脈硬化を進行させます。
長年の喫煙は、見えないところであなたの血管をむしばみ、脳卒中や心臓病のリスクを確実に高めます。健康な未来のために、禁煙への一歩を踏み出しましょう。
飲酒はほどほどに
適量を守れば飲酒がすぐに悪影響を与えるわけではありませんが、過度な飲酒は血圧を上げ、脳卒中や心疾患のリスクを高めます。
男性でアルコール20~30ml(日本酒1合、ビール中瓶1本程度)、女性はその半量が目安です。毎日の晩酌は控えめにし、休肝日も設けましょう。
肥満を防ぐことも重要です
体重の増加は血圧の上昇を招くだけでなく、心臓や腎臓への負担も大きくなります。BMI(体格指数)が25以上になると肥満と判定されます。
無理なダイエットではなく、バランスの良い食事と適度な運動で、徐々に健康体重へ近づけていくことが大切です。
無理のない運動を取り入れる
運動は血流を良くし、肥満の予防にもつながる大切な習慣です。ただし、高血圧の程度や合併症の有無によって、適切な運動量は異なります。
まずは医師に相談し、自分に合った運動内容を確認しましょう。軽い散歩やラジオ体操、自転車などはおすすめです。
運動中に息切れやめまい、胸の違和感を感じたら、すぐに中止して医師に相談してください。
食生活の見直しを
毎日の食事は血圧に大きく影響します。栄養バランスのとれた食事を意識し、野菜・果物・魚・良質なたんぱく質を積極的に取り入れましょう。
塩分や脂肪分、糖分の摂取は控えめにし、『腹八分目』の習慣を心がけるとよいでしょう。
どのような食事がよいか分からない場合は、医師や管理栄養士に相談するのもひとつの方法です。